『プールサイド小景』庄野潤三
夕風が吹いて来て、水の面に時々こまかい小波を走らせる。
やがて、プールの向こう側の線路に、電車が現れる。勤めの帰りの乗客たちの眼には、ひっそりしたプールが映る。いつもの女子選手がいなくて、男の頭が水面に一つ出ている。
『プールサイド小景』は、会社をクビになった青木氏が、学校のプールサイドに突っ立って、女子水泳部を眺めているところから始まります。
なかなか悲哀を感じさせるはじまり方です。
青木氏は会社の金を使い込んでしまって、それがバレてクビになりました。
奥さんはうなだれ、子供は会社に行かないお父さんと遊んでもらえるから喜びます。
でもこれを機会に、奥さんは夫から、今まで聞くことのなかったいろんな話を聞きます。
よく行くバアの話とか、会社で感じていることとか。
そういうことを通して、奥さんはだんだんこういう生活、つまり、朝起きて夫が会社に出かけて行かない生活に慣れてきて、この方が幸せなんじゃないかとか、思ったりします。
でもまあ、働かないと食っていけないわけで、青木氏がまた新たな一歩を踏み出すところでこの話は終わります。
青木氏行きつけのバアに行ってみたいなと思いました。青木氏いわく、そのバアはとても安くて、美しくて素っ気ない姉と不美人でスローモーションの妹、それに梅干し婆さんがいるそうです。こんな蠱惑的なバアがあるでしょうか。
『エヴリン』ジェイムズ・ジョイス
父は近頃めっきり老いこんでいる、それもわかっている、自分がいなくなったら寂しがるだろう。ときどき父は非常にやさしくなることもある。すこし前のこと、一日臥せっていたとき、父は彼女に怪談を読んでくれ、また暖炉でトーストをつくってくれた。いつか、母さんが生きていた時分、家じゅうでホウスの丘へピクニックに出かけたことがあった。彼女は父が母の婦人帽を頭にのせて、子供たちを笑わせたのを憶えている。
アイルランドはダブリンの人々の生活を描く、文豪の短編集です。
『エヴリン』の主人公エヴリンにはフランクという恋人がいて、この町を出て一緒にブエノスアイレスに行こう、と約束してます。
エヴリンは悩んでいました。
だけど、どちらかというと町を脱出したいという考えに傾いてはいました。
エヴリンの家庭環境は複雑で、たいへん苦労していたのです。
ところが、いざ出発、という時になって、お父さんのことが頭をもたげてきて、やさしい思い出とかも浮かんできてしまい、結局エヴリンは船に乗りませんでした。
人波にもまれながら「エヴリーン!」と虚しく叫ぶフランクに向けるエヴリンのまなざしは、もはやなんの感情ももっておらず...
恋人より父親を優先するという結末に、
僕は勇気をもらいます。
あと、怪談を読み聞かせたり、暖炉でトーストを作ったりする父親の愛情表現が気に入ってます。
『グッド・バイ』太宰治
「いや、僕もあれからいろいろ深く考えましたがね、結局、ですね、僕が女たちと別れて、小さい家を買って、田舎から妻子を呼び寄せ、幸福な家庭をつくる、という事ですね、これは、道徳上、悪いことでしょうか。」
「あなたの言う事、何だか、わけがわからないけど、男のひとは誰でも、お金が、うんとたまると、そんなケチくさい事を考えるようになるらしいわ。」
太宰の絶筆『グッド・バイ』。
田島という妻子あるモテ男が、「グッド・バイ」と言いながら女たちと別れていく話です。
別れるために、女たちの前に美女を連れていく作戦なのですが、田島が選んだ美女・永井キヌ子が豪快なキャラクターです。
田島が「あの怪力、あの大食い、あの強欲」と言って恐れるほど。
ふだんは容姿に無頓着でだれも美しさに気づかないほどなのに、着飾ると絶世の美女になるわけです。
田島はキヌ子に翻弄され続けます。
「元をとろう」と、キヌ子をものにしようとするのですが、逆に打ちのめされてしまったりします。
一人目、美容室の青木さんに「グッド・バイ。」を決めて、二人目に行こうとした時に小説が終わってしまいます。
続きが読みたい。
『D坂の殺人事件』江戸川乱歩
私はこれが犯罪事件ででもあってくれれば面白いがと思いながら、喫茶店を出た。明智とても同じ思いに違いなかった。彼も少なからず興奮しているのだ。
『江戸川乱歩傑作選』に収録されている『D坂の殺人事件』。
あの明智小五郎も出てきます。
主人公と明智が喫茶店のカウンターに並んで冷しコーヒーを飲みながら、窓の外を眺めています。
窓の外には古本屋があります。
で、二人が見ている前で、古本屋の中で事件が起きます。
古本屋の、美人の奥さんが首を絞められて死んでいたのです。
ここから、主人公と明智がそれぞれに捜査をはじめます。
推理合戦はとうぜん明智の勝利。
さすが日本推理界のスーパースター。
古今東西の事例や研究を列挙しながら、理詰めの推理を展開します。
ネタバレになりますが、
奥さんは行き過ぎたSMプレイの果てに亡くなったのでした。
そういう性癖がある方は、くれぐれも注意しましょう。
『風琴と魚の町』林芙美子
父は風琴と弁当を持って、一日じゅう、「オイチニイ オイチニイ」と、町を流して薬を売って歩いた。
『風琴と魚の町』の舞台は尾道です。
主人公の娘が、父と母と行商に歩きます。
父は風琴(アコーディオン)を鳴らしながら口上をのべて、尾道の人たちに薬を売り歩きます。
一家はとても貧しくて、食うものに困っています。
れんこんの穴にからしを詰めた天ぷらを、母と娘はわけあって食べ、それでもお腹が空いている娘は、タコの足を揚げている露店の誘惑に勝てません。
「タコの足が食べたいなァ...」と洩らして、母親にビンタされてしまいます。
それでも父の薬が売れはじめ、一家は少しずつ食べられるようになってきます。
娘も学校へ行きだしたり、魚屋のせがれに恋心を抱いたりと、上向きます。
うまくいきかけたところで急転直下、仕入れた化粧品のせいで父が警察に連行されてしまいます。
追いかけていった娘が見たのは、警察に殴られながら唄わされる、父の屈辱的な姿でした。
とにかく貧乏はしんどい、ということが伝わってきて、心が折れそうになります。
救いは、主人公たちも言っていたけど、尾道の海風が気持ちがよさそうなところ。一度行ってみたいです。
『砂の女』安部公房
煮え立つ水銀のような太陽が、砂の壁のふちにかかって、穴の底をじりじりと焦がしはじめていた。その突然のまぶしさに、あわてて目をふせたが、次の瞬間、もうそのまぶしさも忘れ、ただじっと正面の砂の壁を凝視するばかりだ。
信じがたいことだった。昨夜あったはずのところから、縄梯子が消えていたのだ。
海辺の村人にだまされて、アリ地獄に落とされた男の話です。
その村は砂漠化が進んでいて、毎日砂を掻きだしてないと、たちまち村の家々が砂に埋もれてしまうものだから、村人たちは労働力を欲していて、それでたまたま昆虫採集に来てた男を騙して、大きな砂のくぼみの家に宿泊させて、翌朝ハシゴを外して、二度と出てこれないようにしました。
ほんとにひどい話です。
男はいろいろ策を弄して脱出しようとするんですが、ことごとく失敗します。
砂の家には女が住んでいて、とても献身的に働きます。
砂を掻きだす仕事もするし、食事を作ったり、洗濯したり、家事も完ぺきにこなします。
そして砂のこともよく理解しています。
男と女は砂まみれの生活をします。
ほんとにつらそうなんだけど、まあまあエロティックなことも起こるので、救いもなくはないです。
読んでると喉がからからになります。適度な水分をとりながら読み進めることをおすすめします。
『五人の男』庄野潤三
私の家族の顔を見るより先に瘠せた梨の木のそばにある彼の部屋が見え、彼の部屋が見えるよりも早くその中に坐っている彼が見えるのだ。
すると、その時はもう彼は祈り始めているか、何時でも祈り出しそうな姿勢で坐っている。私は正直に云うと、その姿が見える度に喜びを感じるのだ。
この気持はいったいなんと説明すべきものだろうか?
この本に入ってる『五人の男』という小説を読みました。
主人公のおじさんが、おもしろいと思ってる五人の男を紹介してくれます。
一人目:毎日壁に向かって祈りを捧げる男。
二人目:「愛媛」という字の読み方が分からなくて彼女に責められる男。
三人目:喘息を治すために、皮膚の手術をする男。
四人目:目に猛毒をもつ蛾が入って、失明寸前まで行く男。で、仕事を休んで家にいる間、目を話したすきに4歳の子供が溺死しかけるが、ぶるんぶるん振り回して蘇生させる。
五人目:ガラガラヘビに自分の手を噛ませて、治すという実験をしている男。噛まれてすごく痛いんだけど、人目につかないところでじっと耐える。
四人目とかむちゃくちゃです。
五人目はなんかかわいいです。