ひょっとこ日記

おもしろい小説を紹介します。

『プールサイド小景』庄野潤三

夕風が吹いて来て、水の面に時々こまかい小波を走らせる。 やがて、プールの向こう側の線路に、電車が現れる。勤めの帰りの乗客たちの眼には、ひっそりしたプールが映る。いつもの女子選手がいなくて、男の頭が水面に一つ出ている。 『プールサイド小景』は…

『エヴリン』ジェイムズ・ジョイス

父は近頃めっきり老いこんでいる、それもわかっている、自分がいなくなったら寂しがるだろう。ときどき父は非常にやさしくなることもある。すこし前のこと、一日臥せっていたとき、父は彼女に怪談を読んでくれ、また暖炉でトーストをつくってくれた。いつか…

『グッド・バイ』太宰治

「いや、僕もあれからいろいろ深く考えましたがね、結局、ですね、僕が女たちと別れて、小さい家を買って、田舎から妻子を呼び寄せ、幸福な家庭をつくる、という事ですね、これは、道徳上、悪いことでしょうか。」 「あなたの言う事、何だか、わけがわからな…

『D坂の殺人事件』江戸川乱歩

私はこれが犯罪事件ででもあってくれれば面白いがと思いながら、喫茶店を出た。明智とても同じ思いに違いなかった。彼も少なからず興奮しているのだ。 『江戸川乱歩傑作選』に収録されている『D坂の殺人事件』。 あの明智小五郎も出てきます。 主人公と明智…

『風琴と魚の町』林芙美子

父は風琴と弁当を持って、一日じゅう、「オイチニイ オイチニイ」と、町を流して薬を売って歩いた。 『風琴と魚の町』の舞台は尾道です。 主人公の娘が、父と母と行商に歩きます。 父は風琴(アコーディオン)を鳴らしながら口上をのべて、尾道の人たちに薬…

『砂の女』安部公房

煮え立つ水銀のような太陽が、砂の壁のふちにかかって、穴の底をじりじりと焦がしはじめていた。その突然のまぶしさに、あわてて目をふせたが、次の瞬間、もうそのまぶしさも忘れ、ただじっと正面の砂の壁を凝視するばかりだ。 信じがたいことだった。昨夜あ…

『五人の男』庄野潤三

私の家族の顔を見るより先に瘠せた梨の木のそばにある彼の部屋が見え、彼の部屋が見えるよりも早くその中に坐っている彼が見えるのだ。 すると、その時はもう彼は祈り始めているか、何時でも祈り出しそうな姿勢で坐っている。私は正直に云うと、その姿が見え…